朝 6時30分。
空は、悲しく、虚しくなるほどの青。
今日もジャージに着替えて走る、ランニングコース。
家の前の平地。
一気に下る階段。
急な坂道。
見飽きてた看板。
寄り道したファーストフード。
公園の寂れたブランコ。
まだ動き出していない住宅街。
足を止めて見上げるマンション。
呼名
「・・・・・宍戸さん?」
突然後ろから声がする。
「うっわ、長太郎か・・・」
隣の家の玄関からひょっこり顔を出す後輩。
「卒業式の朝までランニングですか?」
「・・・まぁな・・・やらねぇと調子くるう。」
そう言うと、長太郎は玄関から出てきた。
「じゃ、俺も走ります。」
「・・・・・・・・」
家から出てきたのはジャージに着替えた長太郎。
お前もいつも通り、待ってたんじゃねぇか。
「先輩、早く行きましょう!」
「・・おっ・・・・おう・・・」
そう言って長太郎は前を走る。
・・・・・・・・激ダサだな。
無理矢理テンション上げてるのバレバレじゃねぇか。
仕方ねぇか。今日は卒業式だから。
でも
そんな長太郎の背中が、なんだか眩しく見えた。
いつからだろうか。
家の前の平地を、
一気に下る階段を、
長太郎と走るようになったのは。
いつからだろうか。
急な坂道を、
見飽きてた看板を、
何回通ったか、分からなくなったのは。
いつからだろうか。
寄り道したファーストフードを、
公園の寂れたブランコを、
ピピピピピピピピピピ・・・・・・
「長太郎。」
「はい。」
「終わりだ。部室、行くぞ。」
「・・・・・・・はい。」
優しい目で見れなくなったのは。
朝 8時ジャスト。
ランニング終了のアラームが鳴って、
まだ動き出していない住宅街の反対方向に行けば、
見えてくるのは氷帝学園中学校。
俺達は部室で制服に着替える。
使い古したロッカーを開ければ、
中には、いつもあったテニスラケットや、教科書はなく、制服だけ。
他の3年のロッカーの鍵はすでに全部付いたまま。
「・・・・宍戸さん・・・俺、一つ聞きたいことがあるんですよ。」
着替えながらふと長太郎が言った。
「ん?」
「ほんとはあそこで、俺じゃない人待ってたんですよね?」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・じゃ、俺式準備あるので、お先失礼します。」
そう言って苦笑いすると、長太郎は部室を出て行く。
あの眩しい背中を俺に見せて。
長太郎の背中が眩しいのは、成長したから。
そして、俺が成長してないから。
俺はあの時から、何も変わってないから。
だから俺は毎日、
まだ動き出していない住宅街で、
足を止めてマンションを見上げる。
「亮」
アイツの声が、聞こえそうだから。
「亮」
脳裏に焼き付いて離れないこの声は、
確実にアイツのもの。
毎朝、マンションの上から、俺に向かって手を振ってる。
「亮ー!!おっはよー!!」
決まってあそこから挨拶してきた。
「・・・・・・・・近所迷惑だっつーの・・・・」
俺はいつもそうつぶやきながらも、あいつを待ってた。
4周走ると、決まってアイツは降りてきた。
3年 男子テニス部マネージャー
俺のクラスメイト。
俺の部活仲間。
俺の大切な人。
は
今は亡き、俺の彼女。
俺はそっとマネージャー専用部室の方へ行く。
が突然この世を去ってから1月半経った今も、
あの頃のままになってるこの部室。
今、が1番感じられる場所。
「亮ー今日のアップって何セットだったっけ!?」
いつも此処に座って部誌を書いて、こっち向いて笑ってたな。
そう思いながら、古い机を撫でる。
目を閉じれば、はそこに座っているのに。
目を開ければ、はそこにいなくて。
机に置かれた写真たて。
が幸せそうな笑顔で写る写真。
指でなぞる机の相合い傘。
の字で掘られた俺の名前。
アイツがいた頃は、
家の前の平地を、
また一気に下る階段を、
1人で急いで走ってた。
アイツがいた頃は、
急な坂道を、
見飽きてた看板を、
早く4回通りたかった。
アイツがいた頃は、
寄り道したファーストフードを、
公園の寂れたブランコを、
キーーン コーーン カーーン コーーン
「・・・・・・また後で、来るからな」
綺麗だと、思えたのに。
時が経つのは残酷で、
アイツが俺の名前を呼ばなくなってから、
徐々にアイツの存在を、なかったことにしようとする。
あの教室も、
あの屋上も、
あの指揮台も、
あの呼名簿も、
あの部室でさえも、
全部、全部、
アイツの存在をなかったことにしてしまう。
アイツは、
は、
生きてるのに。
俺達の中で、
生きてるはずなのに。
教室。
クラスの奴らは、なんか元からいない奴のように、
普通に挨拶して、
普通に授業を受けて、
普通に弁当食って、
普通に帰って、
ガラガラガラガラガラ
今日も同じ。
「宍戸遅いCー!!」
後ろから抱きつくジロー。
「うっわ、ジロー離れろ!」
「ジロちゃん、駄目ー!亮はあたしのなんだから!!」
俺の後のフレーズは、
俺の隣の席は、
ちゃんとがいるのに、
なぜか、空白のまま。
悲しいほどに青い空を見上げれば、
思い出すのはアイツのことばかり。
「亮・・・1919年って何の年だっけ・・・」
いつからだろうか。
家の前の平地を、
一気に下る階段を、
長太郎と走るようになったのは。
「ハイ、ドリンクとタオルね。お疲れ様、亮。」
いつからだろうか。
急な坂道を、
見飽きてた看板を、
何回通ったか、分からなくなったのは。
「亮!あたしね!卒業式で指揮やることになったの!!」
いつからだろうか。
寄り道したファーストフードを、
公園の寂れたブランコを、
優しい目で見れなくなったのは。
「ねぇ亮、卒業してもずーっと一緒にいようね。」
いつからだろうか。
「亮、あのね!」
この声がリアルじゃなくなったのは。
「みなさん、廊下に並んでくださーい」
・・・・・・・・全部あの時から。
全部、1月前半から。
アイツが朝、待たなくなってから。
が朝、
俺の名を呼ばなくなってから。
「卒業証書授与」
卒業証書授与は、
担任が呼名する最後の場。
1組が全員立って、跡部を先頭に歩く。
跡部が段に上り、指を鳴らせばわき上がる氷帝コール。
引退する前までは、気持ちが高ぶってた氷帝コールも、
今日はなんだか悲しく、虚しく聞こえる。
「亮ー!頑張ってー!!」
・・・・・・・・仕方ねぇか、卒業式だから。
ドンドン呼ばれていく、仲間達。
俺達のクラス。
アイツの名前は、呼ばれない。
卒業生合唱。
女声は涙声だらけ。
仕方ねぇか、卒業式だから。
でもなぁ、女子。
なんでお前らは泣いてるんだ?
卒業するのが寂しいから?
合唱曲が思いっきりの卒業ソングだから?
感動できる卒業式だったから?
それとも・・・・・・・・
指揮台に、じゃない奴が立ってるから?
時が経つのは残酷で、
アイツが俺の名前を呼ばなくなってから、
徐々にアイツの存在を、なかったことにしようとする。
あの教室も、
あの屋上も、
あの指揮台も、
あの呼名簿も、
あの部室でさえも、
全部、全部、
アイツの存在をなかったことにしてしまう。
アイツは、
は、
生きてるのに。
俺達の中で、
生きてるはずなのに。
卒業式の後、2人でよく来た屋上にきて、またアイツを捜す。
空は悲しく、虚しくなるほどの青。
隣にいつも座ってたアイツ。
「亮」
目を閉じれば、はそこに座っているのに。
目を開ければ、はそこにいなくて。
「亮」
リアルじゃなくても、
幻聴だって分かってても、
脳裏に焼き付いたこの声を探している。
まだ聞こえるの声を。
いつ、聞こえなくなるか分からない、この声を。
突然姿を消した、のように、
いつ、消えてしまうか分からない、この声を。
そして、心でアイツの名前を呼ぶ。
心の中の、のことを捜し求めて。
そしたらまた、が出てきそうで。
ガチャ
「あっいた。侑士ーいたぞー!!」
後ろから向日の声。
「・・・・・宍戸、何やっとんの?」
振り返ると、ひょっこり現れる忍足。
「は?」
「ちゃんと覚えておきやがれ!」
「はよう、部室行くで。」
「は?ちょっと待て・・・」
「強制連行。」
ガチャ
「連れてきたで。」
「あ、宍戸遅いCー!!」
「いてっ・・・・何で俺に抱きつくんだよ!!」
「だって宍戸だと本日2回目になっちゃうもん。」
「意味わかんねーよ!!」
「・・・・・・ジローとっとと離れろ。じゃねぇと始められねぇだろ。」
「・・・ごめん、跡部」
「クソクソジロー!なんで俺に謝らねーんだよ!!」
全員集合しているレギュラー陣。
「早くやろうぜ?卒業式。」
そういって、マネージャー用の部室へと入る。
全員、の写真の前に集合した。
「、卒業おめでとー」
ジローが写真のに笑顔を向けて、机にコサージュを置く。
「先輩、おめでとうございます。」
「ご卒業、おめでとうございます。」
そういって長太郎が花束を、日吉が色紙を机に置く。
紛れもなく、の卒業式。
「宍戸」
忍足にいきなり呼ばれる。
「あ?」
「あ、じゃないやろ。お前が担任役と校長役両方やるんやで?」
「は?」
「早う、の名前呼び。」
忍足が急かす。
「・・・・卒業証書は?」
「あーん?俺様がいるのに、んな心配してんのか?」
そう言って、跡部が俺に渡したのは、
紛れもなくの卒業証書。
「宍戸ー早く、早く!」
でも、アイツがいなくなってから、
声に出して呼ぶのは本当に久しぶりで。
「・・・・・・・・」
改めて返事のない名前を呼んでみると、アイツがいないことを、痛感する。
そして、
「卒業証書 。
上記の者は中学校の全課程を卒業し・・・た・・・・こ・・・・・・」
押さえていたものがこみ上げてくる。
「・・・・・・わりぃ・・な・・・・」
俺の声は涙声。
「・・・ええよ。泣いても。」
忍足の声も、
「宍戸さん、ずっと我慢してたんですよね。」
長太郎の声も、
「馬鹿だな・・・泣く事が、お前がの為にできる唯一のことだろ?」
跡部の声も。
「亮」
リアルじゃなくても、
幻覚だって分かってても、
目を閉じれば、はそこに座っているのに。
目を開ければ、はそこにいなくて。
「大好きだよ。」
リアルじゃなくても、
幻聴だって分かってても、
ちゃんと、俺には聞こえているのに。
ちゃんと、俺には見えていなくて。
「亮なら、大丈夫でしょ?」
が本当に大好きだから。
がいつも隣にいてくれてたから。
がいないなんて考えられなかったから。
の温もりを探して探して探して・・・・
でもそれは、のためにならないって、
分かってたのに、
分かってたけど、
まだが俺の名前を呼びそうで、
まだが俺をマンションから見下ろしてそうで、
ずっとずっと捜してた。
でも今は、
精一杯のありがとうを込めて、
アイツのためだけに、
のためだけに、泣く。
こんな俺が唯一出来ることだと、知ったから。
時が経つのは残酷で、
アイツの存在を、なかったことにしようとする。
あの教室も、
あの屋上も、
あの指揮台も、
あの呼名簿も、
この部室でさえも、
全部、全部、
アイツの存在をなかったことにしてしまう。
アイツは、
は、
生きてるのに。
俺達の中で、
生きてるはずなのに。
やっぱりはいないから・・・・
卒業証書と、
涙に込めたありがとうと、
最高の笑顔を持って、
今、君に別れを告げる。
“さよなら”を言うタイミングは外しすぎてるから、この言葉で。
今、君に別れを告げる。
「・・・・・・卒業おめでとう。」
Fin.